トモジーのblog

Yahooブログから引っ越して来ました。

2010年10月

 
うぅーん書庫を、小説にしようか?映画にしようか?迷いましたが、「映画」に入れておきました。
 
 
 
この原作を読んだのは小学6年生だと思います。
父親の書庫に「汚れた英雄」4巻並んでいたのを手に取り、序章を読んでいると「十条」「戸田橋」「荒川河川敷」「国道17号」etc…… 私の地元舞台に話が進められる内容に引き込まれ、寝る間も惜しんで読んだ記憶あります。
読で行く内に「当時小学高学年になったら読んでもイイよ」と、父の言葉意味が分りました。チョット性描写が多いんですね(;^^)(この辺も読破の要因?!)
父親~聞かされた話ですと、当時小説さながら「浅間火山レース」出場する選手が、天ぷらナンバー背負って「中仙道」を走って行く光景が見られたらしいです。
 
 
 
  以下 「ウィキメディア」より抜粋   ※侵害ならば削除します。
 
汚れた英雄』(よごれたえいゆう)は、大藪春彦1969年に発表した長編小説。角川映画により映画化され、1982年12月18日に公開された。
フィクションであるが、生沢徹田中健二郎高橋国光マイク・ヘイルウッドジム・レッドマン、ドメニコ・アグスタ伯爵など実在の人物も登場する。
小説は現在は角川文庫徳間文庫より全4巻が刊行されている。
 
 
イメージ 2
『汚れた英雄』小説版の主人公の主なモデルとなった人物として、当時主にヤマハに所属していた、WGPライダーの伊藤史朗の名が挙げられることがある。小説には伊藤自身も登場しており、浅間高原レースやWGP等で晶夫と伊藤が競い合うシーンも多数書かれている。
姓が同じであり、浅間から世界GPに進出した経歴を持ち、天才的ライダーと評されることから、北野元もモデルと言われることがある。
ただし作者の大藪自身は、あとがきで「北野晶夫にはモデルはありません」とモデルの存在を否定している。大藪によれば、晶夫のレース成績の面ではゲイリー・ホッキングマイク・ヘイルウッドタルキニオ・プロビーニジャコモ・アゴスチーニを参考にしているほか、女性遍歴についてはアリ・ハーンポルフィリオ・ルビロサ等の経歴を参考にしているという。
映画で北野晶夫のレースシーンスタントを担当した平忠彦は当時国際A級500ccクラスにステップアップしたばかりの若手ライダーだったが、長身で風貌も草刈によく似ていたために異例の抜擢となった。その後平は全日本選手権500ccクラス3連覇を達成。世界GPフル参戦も、果たし資生堂の男性化粧品イメージキャラクターを長年務めるなど、作品さながらの活躍をみせていった。
なお映画版では北野晶夫が自宅のプールで泳ぐ場面があり、「平さんも家にプールがあるんですか?」と度々聞かれるようになったため、平は閉口した旨を当時のインタビューで答えている。映画でスタントを演じた当時の平は、ヤマハワークスの大先輩である野口種晴の店(ノグチモータース)に住み込みの身であり、映画のイメージとは全く違う生活を送っていたと言われる。
 
 
 
イメージ 1
 
   当時スクリーン鑑賞無く「レーザーディスク」で、観ていました。   ま、私的に 原作(小説)の方が、100倍?スケールでかく描かれてると思います。
 
 
 
     映画本編では、№62「平忠彦」№1「木下恵司」ライバル役で、撮影されてました。
この映画後「平忠彦」はヤマハエースとなり 「木下恵司」はホンダ移籍エースとしてライバル関係でありました。(スズキの水谷勝」も絡んでたかな?!)
イメージ 3
 筑波サーキット、全日本選手権よく観に行きました。  スタートシグナル切られ一瞬静寂の後2st轟音が響き渡る。  この緊張感現代レースには無い光景です。
       (かくゆう私も家の前で、ナリキリ 押しがけ 真似してました。(;^^)
    
 
 
「走り屋」嫌い と否定した事ありますが、 公道の「井の中の蛙」が、サーキットで、いっちょ腕試し。で頭角現した友人多数います。 
今でも「走り屋」嫌いですが、  イイ意味での 走り屋 居なくなりましたね。
 
 
  映画と話脱線してしまいましたが、2輪車 好きです!     停まれば転ぶ そこがイイんです。

 
病み上がり(ギックリ腰)後 再開ツーリングが、いきなりの奥会津峠越え3連ちゃん。
 
 
 
我が家最寄り駅「戸田公園」始発~「浅草」まで。
6:20発「会津田島」行きに間に合いました。
イメージ 1
 
 
 
 
 
         「会津高原」下車後、駅員のオネーチャンに「河っち」道案内受け、いざ出発。
イメージ 2
 
 
 
 
 
               昼飯時パラパラと降ってきたので、神社軒先拝借し、ランチ。
イメージ 3
 
 
 
 
 
                        色づく木々の撮影夢中の「河っち」
イメージ 4
 
 
 
           初日の模様は「河っち」日記拝見してください。
 
 
泊地「湯の花温泉」~田代山林道ピークまで、表示では、大した事ないと思ってまっしたが、結構な距離あるんですね。
イメージ 5
 
 
 
 
 
今ツーリング出車’93「ZUNOW」セロー。 当時XCレーシングでオーダ。  今ではパスハン車で活躍しています。 
イメージ 6
 
 
 
 
  田代山林道ピークで、[河っち]バーナーで湯沸し、カップ麺&コーヒー 昼食  「河っち」ありがとうございました。
  どうして 峠で、食べる「カップヌードル」?!は美味しいんだろう。「中村あゆみ」の歌 聞こえてきそうです。
イメージ 7
 
 
 
 
      あ~二日間良く走りました。   輪行準備済ませ「川治湯元駅」下の「薬師の湯」で マッタリ。
イメージ 8
 
 
 
    今ツーリング距離的にはソコソコですが、走り応えあるルートでした。
 
    プラン組んでくれました「河っち」ありがとうございます。
    
 

’2010.秋 伊佐沼 行ってきました。
 
暑くも無く・寒くも無い 絶好の「ガーデンパーティー」日和に恵まれ、自転車談義は15時過ぎまで続きました。
 
イメージ 2
 
 
 
 
帰路「荒川CR」組は、3人 チット寂しい人数になりましたが、全車「スポルティーフ」快適に飛ばしCRトレース。
 
イメージ 3
 
 
 
 
帰路「彩湖」に佇む3台のスポ 「River.one」「TOEI」「Pie」 
 
イメージ 4
 
 
 
今回Get品 プロダイ36T歯  デオーレ50T歯(銀輪庵サンから貰いました)
 
イメージ 1
 
 
’2010.秋「伊佐沼」参加の皆さま、お疲れ様でした。
 

今日10/12は、仕事明けでした。
昨日に現場(大宮)に必要最小限の釣具運び、当務後、大宮→川崎 電車での釣行となりました。
 
私の住む「戸田」~「川崎」って道激混地帯をトレースしなければ到着できないんです。
電車釣行は、時間読めますし、船上で「一杯」出来ますしね^_^;
で、こちらの「つり幸」よく御世話になってます。
 
イメージ 1
 
 
 
 
                     「JFE」工場横の運河に船溜りあります。
イメージ 2
 
 
 
 
 
  10/12と言うのに、夏のような天気。 京浜運河を航行し、東京湾対岸ポイント「木更津沖」へ船進めます。
イメージ 3
  
 
 
                 釣果の方は、こんなかんじの「真アジ」が25匹
イメージ 4
 
 
               背開き後 腸・エラ・血合 取り除き 冷蔵庫で干物造りました。
イメージ 5
 
イメージ 10
 
 
 
        こちらは、お得意の、なんちゃって コブ締め。一夜寝かして 明日の お楽しみです。
イメージ 6
 
 
 
 
   同じ「アジ」でも「アオアジ」と言われました(知らなかった) 「ワラサ」泳がせ釣の餌に使うらしい。
   熱を通す料理に適するみたいなので、フライ用にしました。
イメージ 7
         こちらの「アオアジ」は6匹でした。
イメージ 8
 
 
 
とても30匹は、もて遊ぶので、行きつけの料理屋持って行きましたら。「塩焼き」「タタキ」造ってくれました。 嬉しいサービスで「レバ刺」付けてくれました。
イメージ 9
 
 
  水温下がり始めた「アジ釣」けっこう手ごわかったです。    釣は、誘い と 喰わせ ですね。

うぅ~ん なんか天気周期が、少しずれてるみたいです。
 
「E7」出撃の皆さま、11日は、晴天下の走行 願ってます。
 
 
秋雨夜 部屋片付けがてらMTBブレーキ」進化系譜なんぞ纏めて(私的に)みました。
 
 
高校競技部引退から距離置いてた自転車………
 
 
当時('90頃)熱中していたモトクロスも先が見えてきた(これ以上ウエに行けない)時期に飛び込んできた「MTB」
自転車 と MX の ノウハウ活かせる ってことで始めたのが、きっかけです。
 
 
’91「山と渓谷」からMTB雑誌出ていたんですね。MTBブーム爆発してた頃です。
 
リムにBシュー挟み込む、カンチブレーキが主流でした。
ここで「シマノ」が「サンツァー」を凌駕する革新的変速機システムが………
独自のナローチェーン・異形歯スプロケット・ラッピットファイヤー(強力なリターンスプリング)位置決め装置
 
「STI」に話脱線しましたが、制動力は、おせいじ にもイイ物ではなかったです。
イメージ 1
 
 
           時代は、TTスペシャリスト「Gレモン」表紙’93‐02「BC」です。
ハイスピードDH・盛んになるにつれ既存ブレーキの制動力?疑問を持ち始めた米国カスタマーが、ディスクブレーキ試行錯誤で造り始めた時期です。
イメージ 2
 
「Pro・Stop」社製 こぞって各国のDHマニヤが、使いました。
キャリパー・サポート型紙が同梱され これを基に各所有フレーム合せ削り出しました。
イメージ 5
キャリパー内にしかOILなく、フェードしやすく 実際「安比DH」で、ブレーキ・スカスカ 前輪回らない事ありました。
 
 
 
’93~’97まで、体壊し 自転車から遠ざかってました。
’97知人から自転車作成依頼されイロイロ調べてると、「Vブレーキ」なんぞ有る事に気づき、装着してみると
これが、とんでもなくキクんです。(ドライなら)↑「Pro・Stop」なんかよりキク!
イメージ 6
某社の パテント買取ったみたいですけど。現在スポーツ自転車ブレーキ 支流です。
 
 
’02「BC」バックにしました。
「シマノ」?!が、満を持して製品化した、ディスクブレーキ。 実は、これ、 「グリメカ」OEMなんです。
異型4ポット・メタルパッド・ミネラルOIL 採用などetc 流石シマノ製?!造りこみでしたが、ブレーキキャリパー取付時フレーム精度が要求されるのが難点でした。
イメージ 7
 
 
 
’06 随分とスマートに「XT」なりました。
Bキャリパー取付方法も簡素化され、万人に確実な制動力を提供できるようになりました。
イメージ 8
 
 
先の記 記載 現行ラジアル・シリンダー構造と進化していきます。
イメージ 9イメージ 10
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
素人解説ですけど 旧Mシリンダー機構ですとBレバー握ると「A」方向で直押し吐出します。
イメージ 3
 
 
ラジアル構造ですと、「A」吐出量に対し クランクで折れ曲った「B」吐出量を変化させる事によって、ブレーキレバー握り比に対し、初期は柔かいタッチ 後期は硬いタッチになります。(ブレーキのプログレッシブサスペンションみたいな)
イメージ 4
これドイツ「マグラ社」が先にやった機構なんですけど、またたく間に世に広がりました。(ドイツ人頭イイっす)
ディスクブレーキでは、先を行く「モーターサイクル」でさえ真似をし、昨今の主流です。
 
 
 
 
速く走る事以上に、止まる事大事と言いますが、これからも軽量・高剛性・高耐久制、ブレーキ開発「メーカー様」お願いします。

↑このページのトップヘ